016:シャム双生児(腰が接合した二重胎児)

「離れようと思ったことなんて、一度もないわ。なぜ、皆私たちが離れたいと思っていると考えているのかしら。」


彼女たちはきっと、そんな風に首を傾げたに違いない。




文字通り、生まれた時から、温子は哲史と一緒に居た。
母親同士が大学生の頃からの親友であり、結婚してからの家も近く、当初から姉妹のようにお互いの家を行き来していた。
彼女たちは丁度同時期に妊娠し、当然のように同じ産院に通い、ひと月の差もなく、温子と哲史は産まれた。
遊ぶ公園も同じ、保育園も、小学校も、中学校も同じ。
幼馴染と呼ぶには些か異常な距離感の近さを、互いに異常とも思わずに、当然の如く同じ高校に進学した。
周囲が驚くべきことに、大学まで学部こそ違えども、一流と呼ばれる公立大学に、二人共ストレートで合格したのだ。


温子は何をするにも、哲史とともに育つのが当たり前だった。
幼稚園の子供が、いずれは○○君のお嫁さんになるの、と戯れに云うような可愛いものではない。
中学三年生の時、初めて哲史とキスをし、二十歳になるのを待って、初めてセックスをした。
大学の教養課程が終わり、互いに学部の分かれる三年生からは、互いの実家を離れて都内にアパートを借り、なけなしのバイト代をはたいて、一緒に暮らし始めた。


母親たちは、そこまで一緒に居る二人に、驚きを通り越して半ば諦観のようなものすら抱いている。
家族にも、友人たちにも幾ら「ちょっとおかしい」ほど仲が良い、と言われても、
温子も哲史も、なぜそれが「おかしい」ことなのか、まるで理解が出来なかった。
二人で居れば何よりも安心したし、どんな悩みも共有出来たし、最近は実のところ二人きりの場合は殆ど話さない。
話さなくとも、何となく互いがどんな状況にあるのか、分かっている。


二人が大学を卒業し、就職して一年ほど経った頃のことだ。
会社からの帰りがけに寄った書店で、ある科学雑誌の表紙が、温子の目に飛び込んできた。
それは、腰部が繋がった双子の女の子の写真だった。
母親たちの若かった頃には、シャム双生児、と呼ばれることの多かった結合双生児。
その雑誌は、アメリカの有名な結合双生児の双子の少女について、インタビューを中心に特集していたのだ。
普段は読まない種類の輸入雑誌であったが、表紙の写真に惹かれるように、温子はそれを買い求めて帰った。


社内での大事な会議が間近であったため、ここのところは深夜の帰宅が続いていた。
こうしたすれ違いは学部生の頃から慣れたもので、哲史は既にダブルベッドの片隅で眠りについている。
哲史が作っておいてくれた簡単な夜食を食べながら、温子は購入してきた雑誌の特集欄に目を通し、軽くシャワーを浴びて、哲史の横に潜り込む。


「・・・今日もお疲れ様。」
元々眠りの浅い哲史が、その動作で半分目を覚ましていた。体勢を変え、温子を包み込む。
「うん、ただいま。会議終わるまでは、こんなかんじが続きそう。」
どんなに一緒に寝ても、飽きず深い安心を与えてくれる哲史の大きな体躯にしがみつきながら、呟くように告げる。
ん、と哲史は軽く頷き、再び眠りの淵に落ちていく。


雑誌で読んだ双子の姉妹は、既に十代の後半に差し掛かっており、
周囲から結合部分を切り、体を分離する手術を受けるよう、強く勧められているという。
しかし、彼女たち自身は、離れることに抵抗を示している。


「私たちは、これまでに繋がっていることに不便を感じたことなんてなかったわ。」
「むしろ、何一つ隠し事の無い、自分によく似た『自分』が居るなんて、最高なの。」


彼女たちのインタビューには、快活な台詞が並んでいた。


「みんな、私たちが離れることが幸せだと思っているみたいなのだけれど、
 それは、みんな私たちみたいな感覚を味わったことが無いからだわ。」


温子は、哲史が自分と温子の関係について、「正直ちょっと気味が悪い」と大学の友人に云われたと憤慨していたことを思い出していた。
隣で音も立てずに眠る哲史の顔を眺めながら、もし、哲史と別れることになったら、と想像してみる。
温子は、哲史以外の男性を、好きになったことがない。
哲史は、いつでも温子の一番の理解者だし、温子に対して真摯な姿勢を崩したことはない。温子は、哲史を尊敬しているし、哲史との間に隠し事の一つすらない。
そんな哲史との生活を止めることなど、そうなった温子自身をイメージすることが、ひどく困難であることには、とうに気付いている。


このままずっと、文字通りに死が二人を分かつまで、私たちは一緒だ。


哲史が同じ考えであることは、疑う余地もない。哲史のことは、何でもわかる。


明日目を覚ましたら、朝ごはんを食べながら、哲史に今日読んだ記事の話をしよう。温子は微睡みながら考える。
自分たちを結合双生児になぞらえるなどは、今更チープな話だが、双子の話は妙に温子の心に引っ掛かった。


哲史と自分の関係におかしいことなんて一つもない。自分たちが望み、選び、実行してきたことに、一抹の疑問すらない。


自分たちは、この世界で一番、幸せなつがいなのだ。