2020-01-01から1年間の記事一覧

026:The World

君だけが、この世界の全てであると、思えていた倖せ。歳をとって、得るものが増えただけ、世界は不自由で、君は遠くになっていく。 自分でコントロールできる範囲がどんどん狭くなる。何も言えなくなって。君の面影だけを懐かしく思い出す。 (The world was…

025:のどあめ

学校でずっとマスクをしているあの人が鞄の中に持ち歩いているキャンディ。オーストラリアの友人に貰ったんだ、と少しはにかんだように笑って、緑色のラインの入った外包紙から、一つ丁寧に取り出して、手渡してくれる。 白くて滑らかな手、細い指、ゴールド…

024:ガムテープ

なんとなく頭から離れない、昔の映画の光景がある。引っ越しのために、子供がお気に入りのおもちゃ達を段ボールに詰めて、ガムテープで蓋をする、短いシーン。居間か子供部屋と思われる部屋のフローリングを、庭に面した背の高い大きなガラス窓から、レース…

023:パステルエナメル(絵の具の一色、象牙色)

美術館のその部屋で、何分間立ち止っていただろうか。柔らかに天井の光を反射し、満月の光のようにかがやく、太い筆致。正月に行った、海の風景なのだろうか。象牙色の、光射す、広大な空間。 もう口惜しいという感情すら浮かんでこない。圧倒され、何度もゆ…

022:MD

カシャカシャと小さな音を立てて、小さな銀色のディスクが、プラスチック製の小さな正方形の箱の中で回転する。明季(あき)が高校生だった15年程前は、この小さな箱から流れる音楽が、外出時の全てだった。 ガタン、ガタン、という規則的な音のオレンジ色の…

021:はさみ

目の前で、小さく弧を描いて、小学生の頃に使っていた柄の部分が黄色の鋏が、まるで小さな虫のように動いていく。五分程度見つめ続けていると、レース織物のような、折り紙の飾りが、その作り主から裕一に手渡された。 「はい、七夕飾り。懐かしいだろ。」 …

020:合わせ鏡

洗面所の前で、小さな手鏡を、大きな鏡に向けると、背中の痕が映る。父も母も、私のことが嫌いで仕方なかったらしい。蚯蚓腫れのような、雷の閃光のような、罪の残骸が明示される。 私は小さな手の平を合わせ、ずっと祈っている。もう、誰も父母を傷つけませ…

019:ナンバリング(番号を振ること)

警察に捕まって、牢屋で首筋に番号を入れられた。―― 128番。 5年間、愛しているひとには会えず、128番の刺青の痕だけを手で追いながら、強制労働に耐え抜いた。 牢屋から解放され、僕は今でも無実の罪だと思っているけれど、128番の刺青は少し薄くなっただけ…

080:ベルリンの壁

隣の部屋に住むその人は、いつもベランダで煙草を吸っている。 ベルリンの壁が崩壊した日(1989年11月10日)のニュースをTVの前で食い入るように見詰めていたと言うその人に対して、私はぼんやりと覚えている(もしくは、その後にみた映像でその時リアルタイ…