074:合法ドラッグ

(旧い友人から聞いた話。)

三十歳を少し過ぎて、銀行での仕事に多少の行き詰まりを感じていた私は、
一年間の長期休暇を取って、アメリカ、ロスアンゼルスへ語学留学をしていた。


その時の私は、初めて祖国を長く離れ、とにかく新しい刺激を渇望していて、
Under-graduate、つまりは二十歳そこそこのアングロサクソンの女の子とルームシェアを始めた。
彼女も彼女の友人たちも、生粋のUS teenager、毎夜車でクラブに繰り出して、
大して内容のない会話をして、カクテルショットで酔って、踊って、明け方に帰宅する。
私は、英語の下手なアジア系で、そこでの暮らしに慣れることに懸命で、
何よりも"States"の友人が欲しかった。


最初は、歳も文化圏も大きく違う私に戸惑いながらも、彼女(たち)は私を歓迎しようとしてくれた。
私も、思えば軽いハイになっていたのだろう。何にでも付いていったし、
煙草の煙のひどい地下のクラブで、マリファナ(LAでは、Potと呼ばれている)も吸った。


でも、元々のBackgroundの差異が大き過ぎて、時間が経つにつれて、
当然の如く私とルームメイトは日常の会話さえ、殆どしない間柄になっていった。
毎日、"Morning."と"Bye."しか言葉を交わさない日々が続いた。


彼女には、私が作った朝食や夕食をシェアしようとすることが理解できなかったし、
アメリカを含め欧米は、概して個人主義の国だ。)
私は、彼女がパートナーを私が居るのにフラットに連れ込んで、私の面前でもキスをしたり、ベッドに一緒に横たわっていたりする感覚が理解できなかった。


私は、果たして彼女は、当時の私にとっては遊興に見える生活に満足しているのが疑問でならなかった。
ある日、彼女はパートナーと喧嘩をしたのか、明け方窓辺に座って、独り泣いていた。
誰にもテキストも電話もしていない様子だった。
私は彼女の様子が心配だったけれども、話しても何も分かり合えないのではないか、と思ったし、
そもそも、私と話すことを彼女が望んでいるのかも分からずに、
ただ遠目でその光景を見ただけで、再び自分のベッドに戻ってしまった。


彼女に「本当の友達」は居るのだろうか、そんなことをぼんやりと考えた。


その後、私はビジネススクールに行くことを決断し、ロンドンに移り住んだ。そこで二年を過ごした。
今なら理解できるのは、私が当時考えたことは、とても私が生まれ育ってきた環境に依存していて、
彼女と「本当の友達」になりたがった私は、とてもナイーヴで、愚かですらあったということだ。


彼女との会話が無くなった後、私にはLAで通った大学でごく親しい友人ができた。
出身国は違えども、同じアジア系で、年齢も二十代後半と、もっと近かった。


ただ、今改めて思うのだ。私と彼女はどこまでも分かり合えないのかと。
私も彼女も、もっと違う方法で距離を縮めることが出来たのではないかと。
文化が根本から異なる他人と長い時間を過ごす経験のなかった私たちには、絵空事であったのかもしれないのだけれども、
もう一度、今からやり直せないのかと、偶に考えてしまう。


がちゃがちゃとハウスの流れるフロア。溢れかえる人ごみ。そして、Potの烟り。
フラッシュバックするふわふわとした感覚には、いつも一抹の苦い感触が交ざっている。